NO VOTE, NO VOICE

週末(7月21日)、いよいよ参院選が行われます。

とはいえ、どうせ選挙なんてやっても何も変わらない、どうせ勝敗はわかってる、めんどくさい、いろんなご意見もあることでしょうし、多数派におもねることなく自分の意志を表明する人なんて身勝手で気持ちが悪いなと感じる方はきっと少なくないであろうことも理解しています。

でもせっかくの権利、行使しない手はありません。

当店では特に選挙割引などは行わず、もちろん、どこの候補者に入れるべきだ、どの党に入れるべきだなんてことは書きませんが、政治への参加もある種装いのひとつと敢えて捉え、この時期だからこそ改めて読んでみたい、読み返したい本を3冊ばかりご紹介することにします。

1.ギュスターヴ・ル・ボン『群衆心理』/ 講談社学術文庫

19世紀末にフランスの社会心理学者ル・ボンは当時台頭しつつあった「群衆」に着目、その性質、心理について解析を試みました。
個人個人がある状況下に於いて心理的に「群衆」とでも呼ぶべき集団となったとき、それを構成する個人の性質を問わず「群衆」としての集団的精神が生まれ、構成要素である個人へ還元される、それによりどんな作用が生じるか、そうした考察がここには書き連ねられています。
かのアドルフ・ヒトラーもこの本を愛読、民衆の扇動に大いに役立てたそうです。

「とりわけ、この群衆に現れる性質は、微弱な推理力と、批判精神の欠如と、昂奮しやすいことと、物事を軽々しく信ずる単純さとである。またこの群衆が行う断定のうちには、指導者の影響と、さきに列挙した諸要因、すなわち、断言、反覆、威厳、感染の作用も見出だされる。この群衆を籠絡するにはどうするか、その方法を考えてみよう。最も成功する方法から、その心理が、明瞭に推定されるであろう」(第4章『選挙上の群衆』より)

2.オルテガ・イ・ガセット『大衆の反逆』/ ちくま学芸文庫

ドイツではナチスが多くの国民からの支持を集め台頭しつつあり、ソ連ではスターリンが「貧民階級の味方」として独裁体制へ邁進していった1930年に刊行、社会の新たな実質的支配者である大衆の力について解析を試みた一冊です。
経済が発展し、自由、平等が尊ばれ、またそれが実現しつつあり、どんどん社会が成熟していった近代、それまで存在しえなかった新しい形の「大衆」が生まれました。
それは単純な経済的地位、社会的階級ではなく、他者との同一性に対するスタンスに拠るものです。
そうした精神的大衆が社会の実質的な支配者である現実と弊害への警鐘を鳴らしたこの書は、世に出て約90年が経ち社会的背景が大きく変わった現在にあってもその普遍的価値を失わず、寧ろ「今」の問題として我々に問いを突き付けてきます。

「大衆とは、善い意味でも悪い意味でも、自分自身に特殊な価値を認めようとせず、自分は『すべての人』と同じであると感じ、そのことに苦痛を覚えるどころか、他の人々と同一であると感ずることに喜びを見出しているすべての人のことである」(第1章『充満の事実』より)

3.スタンレー・ミルグラム『服従の心理』/ 河出文庫

ハンナ・アーレントはその著書『イェルサレムのアイヒマン』で、多くの虐殺に深く関与したゲシュタポのユダヤ人移送局長官アドルフ・アイヒマンを、サディスティックな悪漢ではなく、寧ろ真摯に職務に取り組む凡庸な一官僚に過ぎないと評しました。
そうした悪の凡庸性を実証すべくアメリカの社会学者ミルグラムが行った実験のレポートです。

実験は簡単にまとめると以下の手順で行われます。
・実験者A、被験者B、被験者(ただしサクラ)Cで実施。
・Aは「教育に於ける体罰の有用性」についてBとCに実験を依頼、Bは先生役、Cは学習者役。
・BはAに従い、シンプルな連想問題をCに出し、間違えるたびに手元のスイッチを押し、罰としてCに電撃を与える(実際は演技)。
・電流は解答を間違えるたびに段階的に強くなり、Cは次第に苦しみ、悲鳴を上げ、実験の中止を求め、壁を叩いて逃げ出そうとし、最終的には無反応となる。
・耐えかねてBが実験を止めようとしたときは、Aが責任はA側が全部負うこと、Cは合意していること、これは学問的な目的のために行われていることを説く。
こうしてBがどこまでテストを続けるか、がこの実験の真の目的です。

この実験は、Bはほとんどの場合に於いて、躊躇し、葛藤を抱きながらも寧ろ能動的な姿勢でどんどん電撃をCに食らわせ続けるという衝撃的な結果が出ました。
ここに、我々がいかに属した組織の下す命令や権威に従順で、与えられた役割はその内容の善悪を問わず忠実に遂行しようとしてしまうのかがあらわれています。
正直やや癖が強く読みづらい訳文ではありますが、それでも必読と言えるほど素晴しい内容だと思います。

「エージェント状態への移行の結果として最も大きいのは、その人は自分を導く権威に対しては責任を感じるのに、権威が命じる行動の中身については責任を感じないということだ。道徳が消えるわけではないがその焦点がまったく変わってくる。従属的な立場の人間が感じる恥や誇りは、権威が命じた行動をどれだけきちんとこなしたかで決まるようになるのだ」(第11章『服従のプロセス 分析を実験に適用する』より)

どれも古典的名著と云われるものばかりで、文庫で容易に入手可能です。

内容もそれほど難解ではありませんし、選挙云々は別として単純にエンターテインメントとしても楽しめるはず。

まだまだ天気の悪い日が続きそうですし、家でゆっくりと読書するのも一興なのではないでしょうか。


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