真を込めて尽くしたあとの あとの一手が値打ちを決める ~ Handwerker ASEEDONCLOUD/ HW collarless shirt

毎シーズンご好評いただいておりますHandwerkerのノーカラーシャツが、今年の春も届いています。

ピンポイントオックフフォードやストライプ柄のタイプライターなど、過去さまざまな素材で展開されてきましたが、今回用いられているのはコットンのバリエーションではなく、リネンです。



40番手のリネン糸で織り上げ、染色後に優しく叩きほぐすことで、清涼な通気性はそのままに、ふんわりした風合いを生み出しています。

デザイン、サイズ感の変更はほぼありません。
洗濯可能な紙パッチもいつも通り。

さて、前文で「ほぼありません」と述べたのは、ここが今回から新しくなったからです。

判りづらい画像でたいへん恐縮ですが、いちばん上のボタンのみ、Handwerkerを表す”HW”と、”lehrling”の文字が刻印されています。

ここでちょっと脱線し、ドイツのマイスター制度について簡単な説明を。

中近世のドイツでは、職人が各地のマイスター(Meister:親方)を訪ね歩く遍歴修行の旅が行われていました。

こうした遍歴は14世紀にはすでに行われていたようですが、それが職人の義務とされたのは15世紀に入ってからで、16世紀には全国的に広まり、1731年にはドイツ全域にわたって法文化されたとか。

そもそもは各都市に於ける人口増加と都市経済の規模が頭打ちになったことに端を発します。
各都市のツンフト(Zunft:手工業職人ギルド)が親方株を一定数に限定し、それでも毎年修行を終えた職人の数は増える一方だったため、親方に並ぶ腕を持つ職人でもマイスターになれない、つまりどんなに修行に勤しんでも将来の見通しが立たないといった事例が増えていきました。

ツンフトはマイスターを中心とする絶対的なヒエラルキー構造の組織で、職人や徒弟にはじゅうぶんな社会的地位が認められていませんでした。
当然のことながら、そんな支配下のまま将来への道を断たれた職人たちは不満を感じ、マイスターとの対立が生じるわけです。
こうして鬱憤を抱えた職人たちが街に溢れるのは一般市民にとっても治安上望ましいことではなく、この対立はいつしかマイスターと職人だけの問題ではなくなっていきます。

そこでこの遍歴システムが考え出されました。
つまり修行を終えた職人が親方承認審査を受ける前に数年にわたり各地の同職組合を廻り、現地のマイスターの下で経験を積む、ということです。
この職人の流動は、親方への昇進を延期或いは阻止しながら、不満を抱えた職人の過密化を解消するだけでなく、経済発達中の地域への労働力の一時的補強につながり、当初はかなり有効な手段となりました。
また各地の職人の交流によって、言語、民俗、文学などの発達にも大きく寄与したようです。

しかし、やがてこの遍歴職人でさえ増加に伴い就労率が下がり、またツンフトそのものも独占的な性質を保ったまま腐敗して、崩壊への道を歩み始めます。
そこに起きたのが産業革命。
急速な工業化は社会構造をがらりと変え、営業自由実現の気運が高まっていきます。
そしてついにこのツンフト制度は、1869年の営業条例によって廃止されました。

一方で、手工業従事者たちは滅びかかっていた同業者組合イヌング(Innung:工業会議所)を発展させ、1897年の手工業保護法によって公益法人として手工業会議所を発足、正式に資格証明制度を導入します。
ここでマイスターのみが見習いに指導できることや、独立して事業を開始できることなどの決まりをあらためて定めました。
その後、社会の変化などに応じて改正を重ね、現行の制度へと引き継がれています。

現在マイスターの資格は手工業マイスターと工業マイスターの2種類に分かれ、ドイツを支える重要な柱として、その称号を得た多くのプロフェッショナルたちが活躍しています。

もちろん、いまもマイスターの資格を取るためには、何年も修行して多くの経験を積み、厳しい試験を乗り越えなくてはなりません。
また何より、ゲゼレ(Geselle:職人)の資格が必要となります。

まず最初はみな、レアリング(Lehrling:見習い)と呼ばれる段階からスタートします。

職業訓練コースの中等学校であるミッテルシューレ(ドイツでは基礎学校を卒業する10歳で進路を決め、大学に行くのか、企業での一般就職を目指すのか、職業訓練を受けて専門職として働くか、この選択によって進学する学校が分かれます)卒業後16歳より始められますが、18歳くらいが多いそうです。

そして約3年間の実習期間中に、企業などで勤務しながら専門的な実技を学ぶのみならず、簿記、そして一般教養や外国語会話、政治や宗教学など、社会人になるための基礎講座を履修します。

ちなみに、これらの授業料はすべて税金でまかなわれ、逆にお小遣い程度の賃金も貰えます。
経済環境が教育環境に直結しがちな我が国とは違いますね。

その後、職人になるための国家試験(筆記と実技)に合格して、ようやくゲゼレを名乗ることが許されます。
マイスターへの道は、遠く、嶮しい…

さて、読み飛ばした方も多いかと思いますが、このマイスター制度の説明のなかで触れたlehrling。
ボタンに刻まれていたのは、見習いを表すこの称号です。

そして、品質表示タグに縫い留められたスペアボタンには…”geselle”の文字が。

つまり、ボタンがとれるほど着こんで、スペアボタンを使うころになれば、ようやくこのシャツもゲゼレに成長しているというわけです。

まさしくHandwerker(手工業者・職人)ならではの密やかなユーモアが、ここに込められています。

オンラインストアはこちらです→ ブラック/ オフホワイト

参考文献
阿部謹也『中世を旅する人びと―ヨーロッパ庶民生活点描』ちくま学芸文庫
藤田幸一郎『18世紀ドイツの職人遍歴』一橋論叢(1991-06-01)
後藤俊明『ドイツ第二帝制におけるイヌンクの再編成』經濟論叢, 122(5-6)(1978-12)


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