「試着するときに気をつけることはありますか?」
匿名質問箱サービスなどを通じて、たまにこうしたご質問をいただきます。
お店によってその閾値は異なり、なかには「買う気や財力がないなら着るな」なんて横柄なところもあるようですが、そうした極端なケースはひとまず置いて、一般論として簡単に列挙しますと
・とくにニット類をお試しの際はアクセサリー類は外す(損傷防止)
・ガムや飴を口に入れた状態は避ける(汚れ防止)
・日焼け止めや制汗剤のついた状態は避ける(変色防止)
などでしょうか。
そして、これらにくわえて意外と見落とされがちな観点が、香りです。
******************
香水のマナーについては昔からよく云われるところで、すでにご存知の方も多く、本稿ではとくには触れません。
よほどたっぷりと使っているのでなければ、そこまで気をとがらせなくとも大丈夫です。
問題なのは、もっと強烈で、しかもすぐに対応するのも難しい日用品、すなわち、柔軟剤や洗剤。
あまりに身近すぎるものですから、まだそれほど意識していない方が大多数でしょう。
******************
アメリカ製の柔軟剤『ダウニー』が、ファッションに意識的な人たちから「海外っぽい」感じの匂いを愉しめるお洒落なアイテムとして注目されたのは、2000年前後のことでしたかね。
その後日本でも『レノア』が登場、CM効果もあって、こうした香りがポジティブなものとして広く受け入れられてきて、しだいに柔軟剤の香りを纏うことが清潔感のアピール、もっといえば身嗜みとされるようにまでなっていました。
いまや柔軟剤は本来の役割以上に香りづけを目的として使われることも多くなり、さらには『レノア アロマジュエル』のように、純粋に香りづけのためだけの製品まで売られています。
いつしか柔軟剤やビーズだけでなく、洗濯洗剤自体も強い香りをアピール商品が増えてきて、もうこうなってくると「洗濯=汚れ落とし」ではなく「洗濯≒香りづけ」です。
******************
しかしその一方で、化学物質過敏症に悩む人も増えています。
化学物質過敏症は、身の回りにあるごく微量の香料や化学物質で、頭痛・吐き気・めまいなどの体調不良が起こる症状です。
柔軟剤や芳香剤の強い香料はそうした体調不良を引き起こしやすく、なおかつ近年はマイクロカプセルに香料を閉じ込める技術によって「香り長持ち」が普及しています。
「すれ違ったときにいい匂いがする」はよく柔軟剤などの香りアピールで使われる文言ですが、望まぬ人にとっては大きなダメージだったりするわけです。
この化学物質過敏症はもはや決して珍しい話ではなく、国民生活センターや自治体に多くの苦情が寄せられ、またわずかながら国会議員までも動き始めてきたほどに、それこそ公害として社会問題と化しつつあります。
******************
嗅覚は同じ刺激を受け続けると鈍麻します。
ゆえに、そのような柔軟剤や洗剤などを日常的に使っている人ほど、その香りの強さに気づきにくいもの。
而して、知らず知らず服だけでなく住居、そしてその生活空間のなかで体にも香りは染みついていきます。
実は、この状態でご試着されますと、あっという間に服に移香してしまうんですね。
こうなると、スチームを当てたり店内をしばらく換気したりしないとなかなか匂いがとれません。
先述のマイクロカプセルは、それほど強力な技術です。
******************
しかしこれ、厄介なのは生活必需品だという点でして、薬局で販売されているほとんどの洗剤や柔軟剤に強い香料が添加されている以上、完全に避けるというのも難しいところ。
もちろん、たとえば当店で販売しているLIVRERの洗剤のように、微香もしくは無香料のものもありますが、あまり市場に出ていないうえに傾向として比較的高額なため、日用品としてだれもかれもそうした品を選ぶというのも非現実的な話です。
******************
ですので、この問題はユーザーのみに責のある話ではなく、洗剤メーカー側にも大いに改善を求めるべきでしょう。
「香りが強い方が売れる」、それは事実かも知れませんし、多くのユーザーが強い香りを求める以上応えるのが原則なのも理解できます。
が、いくらなんでも激化しすぎです。
******************
近年の夏はとにかく蒸し暑く、それもあってか汗などのにおいに対応したり、部屋干ししても臭いづらい効果をアピールする柔軟剤も売られています。
しかしこれは、強い香料で上書きしたり、繊維をコーティングして吸水性を落とすことで乾きやすくするというのを言い換えたものであり、本質的な効果ではありません。
そもそも、汚れさえきちんと落ちていれば、洗濯物はそこまで臭わないはずです。
臭うということは、原因である菌とその餌となる汚れが残留しているとみてよいでしょう。
その原因のひとつとして考えられるのが、「すすぎ一回」。
たしかにすすぎ一回で洗剤が流れるならば、節水になって大助かりです。
が、洗濯の過程の中で、汚れを落とすのはすすぎ。
すすぎの回数が減れば減るほど、汚れは残りやすくなります。
すなわち、すすぎ一回で汚れが落ちきれず臭う、それに対応すべく香りでマスキングし、吸水性を落として乾きやすくする、という話になります。
メーカーとしては洗剤と柔軟剤のセット販売に繋がるのかも知れませんが、本末転倒ですね。
******************
というわけで、各大手メーカーには抜本的な改善を要求しつつ、消費者の側もお互いの健やかな社会生活のために相互理解を深めていく必要があります。
柔軟剤の香りによって困る人がいても、そのユーザーのモチベーションは悪意でなくエチケットやマナーですから、殊更にユーザーを責めたところで不幸な軋轢を生むばかりです。
一方、その香りのモチベーションがエチケットやマナーであっても、柔軟剤の香りによって困る人の存在を軽んじるのはエチケットやマナーの精神とは言えますまい。
鼻は、目や耳以上に塞いでしまうわけにはいかない部分です(もちろん、目や耳は使えなくていいなんて話ではありませんよ)。
いつまでも香りが残るというのが果たして純粋に心地好いことなのか、そしてそもそも、その香りはほんとうに必要なものなのか、ときにはちょっと立ち止まって考えてみるのも決して無駄なことではないと思います。