7/30~8/15まで実施した被災地支援キャンペーン。
日本は兎にも角にも何より偽善が嫌悪される国です、こうしたアクションには当然疑念や批判の声が出るものですから、当店もご多分に漏れずインターネットを通して厳しいご意見を頂戴しました。
「被災地を利用しないでください」
「win-win-winと書いてますけど、震災で失われた分が補填されるだけで被災者にとってはwinではないので、その表現は不適切です」
「小難しい書き方してるけど、売上の一部とか何%かを寄付するなんて、あらゆるお店でやってそうな気がするんですけど、何か凄いことなんですか?」
その一方、好意的な反応や賛同はそれ以上に多く賜りまして、被災地支援のためとわざわざお越しいただいたお客様も一人二人ではありませんでした。
ほんとうに有難うございます。
というわけで、零細商店にできる精一杯の金額として、皆様からお預かりした22,745円を熊本県義援金口座へ送金させていただきました。

皆様、あらためまして、ご協力有難うございました!
先日のブログで「売名や販売促進と受け取られることも承知している」「偽善とも何とも好きなように批判していただいて結構」と先回りして書かれていますが、私はそこに、批判を受け入れる姿勢というより、批判をあらかじめ無力化するためのレトリックを感じました。
想定される批判を自ら提示し、「それでも私は恥じない」と宣言すれば、後から同じ批判をしても「そのことは承知しています」と返せます。しかし、批判を想定していることと、その批判に答えていることは同じではありません。
むしろ「売名ではない」と説明する代わりに「売名と見られても構わない」とすることで、行為そのものの是非を問う議論を回避し、結果として「批判は承知の上でやっているのだから自分は正しい」という自己正当化に終始しているように見えました。
私は、支援につながるのであれば、そこに商売上の利益が含まれること自体を問題だとは思いません。
だからこそ「売名か否か」という表面的な話ではなく、批判を先回りして処理することと、その行為が本当に正当なのかを説明することは別ではないか、と感じます。
「お好きなように批判していただいて結構」という言葉が、果たして本当に批判を受け入れる姿勢なのか。それとも、批判する側より一段高い場所に立つための言葉なのか。
その点について、書き手であるあなたご自身はどのようにお考えなのか、宜しければお答えください。
この様な活動を恒久的に続けられることを、切に願っています。
「批判は承知の上でやっているのだから自分は正しい」とすら思えないのなら、「その行為が本当に正当なのか」と自ら疑い、行為の是非を「非」とするならば、そもそもこんなリスキーなアクションは起こしません。
恒久的に続けるどころか、最初から何もしないのがいちばん波風立たない選択です。
夏場で売り上げ厳しい洋服屋が、キャンペーンだっつって、セール品売って、ついでに寄付してるってだけでしょ。大層なことやってる風にしないと、寄付とかキャンペーンとか出来ないセコい店主なんだよ。普段のブログ読めば、そんぐらい分かるっしょ。
売上が厳しいのも店主がセコいのもまったく仰る通りです。
まあ、厳しいのは夏場だからだというよりいつものことですが。
「大層なことやってる風にしないと、寄付とかキャンペーンとか出来ない」のもご指摘の通りで、反論の余地などございません。
なにせ零細商店ですから、寄付ひとつにしてもお客様のお力を借りるしかなく、そしてそれは最初の告知のさいに予め説明させていただいております。
それにしても、皆様ブログをいつもお読みいただいているようで、まことに有難うございます。
セール品を出しているのはブログでは一言も触れていませんので、SNS、おそらくはTwitterもご覧いただいているということでしょうか。
こちらもいつも有難うございます。
二点ご質問です。
・熊本への支援は、今回限りですか?
・今後同様の災害が各地で起きた際には、今回と同じような取り組みをされるのでしょうか?
お答えします。
まず熊本に関しては、今後の状況を見つつ判断していきます。
理想としては継続的支援ですが、当店の体力がそれではもたず(この期間だからこそギリギリのところでやれました)、ある程度で区切りをつけないと、「無理なく維持・再現」という主旨から外れてしまいます。
が、もちろんたとえばまたすぐに同じようなレベルでの余震被害が出たりとなれば、話は別です。
2点目に関しては、完全に無意味なキャンペーンでないことがわかりましたので(今回は一種の実験でもありました)、同様の甚大な災害が発生した際には可能な範囲で何かしら行うつもりです。
もちろんあらゆる災害時に対応しては常に募金をし続けることになり、それは現実的に不可能ですので、基準としては今回の震災をひとつのボーダーとし、また天災に限らずケースバイケースで動いていきます。
繰り返しますが、今回のキャンペーンはじめ当店の考える支援とはあくまで無理のない維持・再現ができてこそという前提にあり、自己犠牲や清貧といった(おそらく望まれるような)清廉潔白な「善さ」「美しさ」は最初から削ぎ落としています。
そしてその判断はあくまで常にこちらにあります。
慈善事業ではありませんから、だれもが納得できるような明確な基準を示す義務はございません。
もしそれが恣意的、欺瞞的ということでご不満であれば、是非ともご自身で、当店のみならず世に「支援とはかくあるもの」という、だれもが唸るようなお手本を示してください。
一連のやりとりから、モリオカ様が厳格な道徳観と強い義侠心をお持ちであるのはこちらにも伝わってきていますので、今後のご活躍、楽しみにしています。
釈迦に説法でしょうが、そうして多くの人がそれぞれにできる範囲で前向きなアクションをとることで、社会は変わっていくものだと思います。
一連のやり取りを拝見しました。
少し不思議に感じたのは、当該キャンペーンについての最初のブログで、「偽善とも何とも、お好きなように批判していただいて結構です」と書かれていたにもかかわらず、実際に批判的なコメントが寄せられると、かなり熱心に反論されていることです。
8/19 AM5:33のコメントは、「今回限りなのか」と「今後も同様のことをするのか」という、ごく普通の質問です。それに対して「だれもが唸るようなお手本」「厳格な道徳観」「強い義侠心」「今後のご活躍」と強い言葉で応戦してしまうのは、質問への回答というより、これまでのやり取りに対する反撃に見えます。
第三者として眺めていて感じたのは、批判されることそのものよりも、「自分のやり方は間違っていない」と認めさせることに、店主さんが強烈にこだわっていらっしゃるのではないか、ということです。
店主さんとしては「自分の考えをきちんと説明している」おつもりでも、第三者からは、複数の読者から次々と突っ込まれ、そのたびに必死に応戦しているように見えてしまっています。
「批判していただいて結構」とおっしゃるのであれば、批判に対してひとつひとつ丁寧に反論する必要はありません。
もし店主さんが、「自分が多くの人から論破されているように見える状態を、ブログ上で晒したくない」とお考えなのであれば、すべてのコメントに真正面から応戦する必要はないのではないでしょうか。
支援の方法は店主さんの自由ですし、誰かに納得してもらう義務もありません。だからこそ、「ご意見ありがとうございます」の一言で終わらせるくらいの余裕があったほうが、ずっと良く見えたように思います。
第三者視点からのご意見、有難うございます。
本件、3名の方からコメントを頂戴していますが、不思議なことに皆様架空のメールアドレスで投稿されていまして(このブログのコメントで架空メールアドレスを使用されたのは本件が初めてです)、モリオカ様とマツウラ様は同じパターンで企業アドレスの偽装、さらに不思議なことに、全コメント主様が関東ではあまり馴染みのない中部地方の同一プロバイダを使用されていいて、なおかつ、第三者様はモリオカ様とIPアドレスまで同じでいらっしゃいます。
そうしたデータはわざわざ調べずとも実は最初からこちらに丸見えでして。
もちろんすべてまったくの偶然の一致だと思うのですが、なぜ横浜の店の本件に、中部地方の特定プロバイダのユーザー様のみからここまで関心を持たれるのか、何かエリア的に響くものがあったのでしょうか。
それにしても、あれほど名古屋と諏訪のポップアップイベントで謎の存在のまま売上的に惨敗した当店が、ついに中部地方で関心を持たれるようになったのかと、とても光栄に思います。