暖かさの彫刻 ~ beta post/ flat seam jacket

実店舗にお越しいただいたことのある方ならお気づきになっているかも知れませんが、当店開店時から、一枚のポスターが窓の脇にひっそりと掛けられています。

「Kunst=Kapital(芸術=資本)」と書かれた文言の下に、マンモスの化石と一人の男性。
これは1979年にデュッセルドルフで開催された、芸術家ヨーゼフ・ボイスの展覧会のポスターです。
ちなみに中央の男性がボイス本人ですね。

ボイスは「人はだれもが芸術家である」と云いました。
これはあらゆる人が画家、音楽家といったいわゆる「芸術家」と呼ばれるカテゴリーに属するということではありません。
社会そのものを芸術と見做し、すべての人は創造力を持っているのだから、これによって社会を「彫刻する」ことができる、といった意味です(だと店主は解釈しています)。

この考え方はボイス自身の活動にも反映されており、彼は芸術家であると同時に社会運動家でもありました。

環境保護、国民投票による制度改革、学生への大学の無償開放などを強く提唱、また男女平等を実現するために、家庭における女性の仕事を職業として認め、家庭の主婦に賃金を割り当てるべきだと主張しています。

デュッセルドルフ芸術アカデミーの教授だった1967年には、ドイツ学生党を結成。
クラスでの議論から発展したこのグループは、教育的な環境改善のみならず、西洋と東洋の障壁の撤廃、民族主義的利益の排除、完全な軍縮などを志向していました。

その後も政府の政策や法案の形成・形成への市民参加を増やすことを目指したり、数々の選挙に立候補したり…。

落選しても政治的信念が弱まることはなく、彼の創作やパフォーマンスもまた、ほぼすべての作品が政治的あるいは社会的な概念を内包しています。

そんなボイスのなかでも代表作のひとつとして挙げられるのが、1970年に発表された『Felt suit』という作品。

一時期フルクサスにも参加していたボイスは多くのマルチプル作品を残しており、この『Felt suit』も同様で、100着制作されています。

彼自身の話によると、第二次世界大戦中、ドイツ空軍の一員としてクリミア戦線で飛行機を撃墜されたとき、遊牧民のタタール人(クリミア・タタール人)が体温が下がらないように脂肪を塗り、体をフェルトに包んでくれたことで命をとりとめたのだとか(信憑性はどうも疑わしいようですが)。

背景の真偽はともかく、「暖かさ(熱)」を物理的な意味だけでなく、精神的な観念、政治的・社会的進化の触媒としても認識していたボイスにとって、フェルトは脂肪と並ぶ重要な素材でした。

さて、そんなボイスの『Felt suit』に着想を得てデザインされたのが、beta postの新作flat seam jacket。


beta postもまた、ファッションそのものを提案するというより、見る人の思索を促すことを重視しています。
そんなスタンスのブランドですから、きっとボイスにも何か通じるものがあるのでしょう。

生地には、裁ちっぱなしでもほつれにくい高密度のダブルメルトンを採用しています。

『felt suit』が粗悪なフェルト製だったのに対し、肌触りも着心地もよい、上等な生地です。

仕立ても平坦な『felt suit』と異なり立体的で、生地のやわらかさと適度な剛性もあって、着用時はふっくらとした円みを帯びたシルエットとなります。

肉厚な生地の一枚仕立てということで、縫い代の厚みが気になるところですが、これはTPS縫製(*特殊千鳥かがり)によって解決。

縫い代を省けるこの縫製によって、フラットで軽い仕上がりとなりました。

さらに、削り出しのアルミニウムボタン、

梱包材(いわゆるプチプチ)を模した裏地など、

beta postならではの要素を自然に挿しこみ、この20世紀のマスターピースを引用しながらも、ただのコピー品でなくきちんと「beta postの服」に仕上げています。

ボイスファンはもちろんのこと、まだボイスの魅力に触れたことのない方も、是非一度お試しを。

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