ひとところには とどまれないと ~ ASEEDONCLOUD/ Sakurashi jacket & trousers

急かされるように咲きはじめた緑道の桜が、あっという間に満開を迎えようとしています。

となると、今年はそのぶん早く散ってしまうわけで、それはそれで寂しいものですね。

ところで、桜の話ではないのですが、世阿弥『風姿花伝』別紙口伝にこのような記述があります。

そもそも、花といふに、万木千草において、四季折節に咲くものなれば、その時を得てめづらしきゆゑに、もてあそぶなり。
申楽も、人の心にめづらしきと知る所、すなはち面白き心なり。
花と、面白きと、めづらしきと、これ三つは同じ心なり。いづれの花か散らで残るべき。
散るゆゑによりて、咲く頃あればめづらしきなり。

端折りながら意訳しますと、
「花というものは四季折々に咲くものであり、その時々を得る珍しさゆえに愛でられる。(中略)花、面白さ、珍しさ。これら三つは同じ心である。散らずに残る花などあろうか。花は散るからこそ、咲いたときに珍しさをおぼえるのだ」
ということです。

散ることも花の価値。
桜なんてまさにそのものと言えます。

以前のブログでも軽く触れましたが、ソメイヨシノは花のみならず木の寿命もまた短く、わずか60年しか生きられません。

60回の春の勤めを果たしたのちは、静かに朽ちていくのみです。

花咲か爺さんの末裔たる”心師”は、そうした桜の死を新たな生へと引き継ぐお手伝いに携わっています。

このイラストで着ているのが、桜に向き合うための彼なりの正装です。

まずはジャケットについて。


極度の人見知りである”心師”は、目立たぬように目立たぬようにと、先代のお下がりである上着を初代が花を咲かせるのに用いた犬の灰で黒く染めていました。

このリネン生地ではその色を再現し、墨汁を原料とした染料で両面をコーティングし、その後洗いをかけて、ムラのある、着古したような風合いを引き出しています。

「正装」とはいえ、実際の作業は伐採です。
ワークウェアとしての動きやすさはとても重要となります。

ですのでこのジャケットの肩には可動域を拡げるアクションプリーツが設けられています。

デザイン上一番目立つ腰の共生地ベルトも、ただお洒落なだけのディテールではありません。

木を切り倒す前には、樹上に上り周囲を確認する必要があります。
ときには枝の上で不安定な状況に置かれることもあるでしょう。

そこで安全のため、このベルトを体ごと枝に巻き付けて、姿勢を固定したりするわけです。

また、両脇のポケットのフラップの内側がベルトループになっている構造につき、ベルトをきゅっと絞るとそれに伴ってフラップがしっかり閉じます。

こうすることで、ポケットの中に入れたものが落ちにくくなるんですね。
実に合理的!

前立てはシングルブレストにしてはやや深く、中心からずれた位置で一つのボタンを留めます。

ベルトと併用したりしてしっかりと体を包む着方に限らず、ボタンとベルトを留めない状態でもだらしなくなりにくくなっています。

なお、このジャケットには色違いも存在します。

こちらは経糸に風合いのよいリネン、緯糸に安定性に優れた綿を用いて織りあげた、厚手のオックスフォードです。
厚手とはいえ、打ち込みを意図的に少なくし、柔らかさや通気性を備えています。

若木を思わせるこの色目に合わせ、ボタンは木製のものが採用されました。

この”HOLD FIRST”には素敵な逸話が隠されています。

ASSEDONCLOUDデザイナーの玉井さんがロンドンに住んでいた時の話です。
当時古いワークウェアなどに使われていたジャンク品のようなボタンを蒐集していたようで、そのなかでとくに気に入っていたのが”HOLD FAST”と刻印されていたボタンでした。

これは単に「(ボタンを)しっかり留めましょう」という意味(”fast”はもともと「固定」を表す単語で、「速度を固定する」から「速い」の意味をもつようになりました)の刻印なのですが、とあるマーケットで玉井さんが出会ったおばあさん曰く
「本当は”HOLD FAST”ではなく”HOLD FIRST”というボタン。子供のユニフォームの一番上に付けられていて、一番最初にこのボタンから留めましょうと言う意味だったのよ」。

結局その後も”HOLD FIRST”ボタンを見つけることはできなかったようで、おばあさんの話が本当なのか作り話なのかは今もわからないままです。
と言っても、その真偽はさして重要ではないでしょう。

のちにASEEDONCLOUDを発足した玉井さんは間もなく”HOLD FIRST”ボタンを作成、とても大切なものとして、現在に至るまで断続的に使い続けています。

さて、このジャケットと対となるパンツもございます。


木のボタンはこちらでも使われています。

伐採作業のためのワークパンツですから、立体的で動きやすく、

バックポケット内側下部には補強の布が張られています。
ステッチはただの意匠のみならず、それを固定するためのものです。

ところで”心師”の生業は大道芸人でして、伐採した桜の木の切り株を舞台に、マリオネットを操ります。

そのため、彼は作業の合間には人形使いの練習をしています。
実に忙しい人です。

ですから桜の園へは自作のマリオネットを持参していかねばなりません。
バックポケットが大きいのはそうした理由もあります。

背面中央のベルトループがX状となっているのは、ポケットに入れたマリオネットの十字の持ち手がぶらつかないよう挟み込むためです。

どれも物語性に満ち溢れているだけでなく、純粋に服として実に魅力的です。

今年の、いえこれからも桜の季節を彩るお伴として、是非お手元へ。

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