カメラ・トーク ~ An Irrational Element/ Camera Coat

去年…いや一昨年だったかも知れません。
ある日、ひとりの若者が民芸品の入った箱を抱えて店に入ってきました。

「ぼくは留学生で、このコロナ禍でアルバイト先が無くなってしまい、困っています。故郷の国の民芸品を作ったので、どうか買って欲しい」

(いやこれ、自分で作ったというのは疑わしいな…)

そう思いつつ、詐欺にしてはずいぶんとスケールの小さな価格でしたし、もしほんとうに困っているのだとしたら少しくらい手助けしてもバチは当たるまい、と、木製のオーナメントのようなものをその場で購入しました。

爾来ずっと何となく店にぶらさげているのですが、近ごろはそれを見るたびに、ロシアからの理不尽な侵攻を受け、戦火に包まれている彼の母国ウクライナのことを思わずにいられません。

この戦争に対して言いたいことは山ほどあるものの、いまはひとまず服の紹介をさせていただきましょう。

当店では初登場のブランドとなります。
その名はAn Irrational Element(アン イラショナル エレメント)。

2017に発足した、アントワープに拠点を置く新進ブランドです。

「非合理的な要素」なる変わった銘は、カール・ライムント・ポパー『科学的発見の論理』の一節から引用されています。

My view of the matter, for what it is worth, is that there is no such thing as a logical method of having new ideas, or a logical reconstruction of this process.
My view may be expressed by saying that every discovery contains ‘an irrational element,’ or ‘a creative intuition,’ in Bergson’s sense.
In a similar way Einstein speaks of the ‘search for those highly universal laws … from which a picture of the world can be obtained by pure deduction.
There is no logical path.’ he says, ‘leading to these … laws. They can only be reached by intuition, based upon something like an intellectual love (Einfühlung) of the objects of experience.

浅学ゆえ同書は読んだことがなく、ポパーの言わんとするところについては恥ずかしながら何も説明ができないのですが、上記一節にある「すべての発見には、”非合理的な要素”または”創造的な直感”が含まれている」という部分に、このブランドのデザインに対する姿勢が窺えます。

すなわち、新しさを生み出す手段として、合理性ではなく、敢えて非合理的な感覚、直感を組み合わせるということです。

とかく最短距離最小コスト最適解を求めがちな昨今の風潮に抗うが如く、非合理性を大切にする、そのスタンスを当店は高く評価しています。

もちろん、見るべきところはブランド哲学のみに非ず。
今回届いたCamera Coatは、それ自体もまた我々の心を揺さぶってくれます。

一見すると、ただシンプルで美しいコートかも知れません。

ラグランスリーブで、Aライン。

しかし近づいてみれば、まだらに油分の散った荒々しいオイルドコットンの生地(しかも水や熱によってさらに激しく表情が変化する曲者です)や

粗野な風合いのホーンボタンといった

一癖ある素材選びにその「非合理的」な美意識が見て取れます。

が、このコートの驚くべきポイントはその内側にあります。

ずらりと設けられた、ポケット、ポケット、ポケット…


これらはすべてカメラ周りの物品を収めるためのもの。

カメラ、レンズに、フィルムやSDカードなど、アナログ、デジタルを問わない設計です。

カメラを嗜む方はもちろん、そうでなくとも豊かに想像を喚起される一着ですね。

さてこのコート、実は今季届かないかも知れないと懸念されていたものです。

問題は工場にあります。

もちろん工場が胡散臭いとかではありません。
デザイナーであるKai Bolwijn氏のお父上が運営されているとのことです。

しかし、この工場、よりにもよってウクライナでした。

ご存知の通りかの国は現在ロシアに攻撃され、服を作って輸出するのなんて、おそらくはきわめて困難な状況でしょう。

不幸中の幸いにしてぎりぎり侵攻前に生産が終わり、いったんベルギーに届いてから日本に送られたとのことで、今回はなんとか事なきを得ましたが、それでもこうした小さな出来事ひとつにも、平和な日々の営みの有難さが感じられます。

願わくば、一日でも早くこの戦禍が収まりますように。

オンラインストアはこちらです


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